遣隋使は「命がけの海外出張」!? 出張の歴史とその変遷を振り返る

「用務のため他の地域・場所へ出むくこと」「職務によって臨時に派遣されること」――。
「出張」を辞書で引くと、このような説明がされています。何か用があって他の場所に行くことを「出張」と呼ぶならば、古代から現代までの歴史は「出張」によって作られてきたと言っても過言ではないでしょう。そこで、日本の各時代における「出張」を振り返ってみました。

飛鳥時代:日本最初(?)の海外出張「遣隋使」

グローバル化が急速に進む現代。一方、飛鳥時代にもグローバルをにらんだ「海外出張」がありました。教科書でもお馴染みの「遣隋使」。その主な目的は、東アジアの先進国であった隋の文化を取り入れることでした。
607年には小野妹子らが派遣され、朝廷から預かった国書を隋の皇帝に渡します。しかし「日出ずるところの天子、書を日没するところの天子にいたす……」という内容が相手の怒りを買ってしまい……。上司のミスを部下がかぶる、そんな理不尽はこの時代から続いているのかもしれません。

平安時代:200年以上続いた「命がけの出張」を廃止

隋が滅び唐となったあとも、遣隋使は「遣唐使」と名前を変え、引き続き使節を派遣していました。しかし、朝鮮半島との関係悪化により安全な北路が使えなくなり、南周りの危険な航路を取らざるを得ませんでした。造船技術や航海術が未発達なため、遣唐使船の約3割が遭難してしまう、まさに「命がけの出張」だったのです。

それでも200年以上続いてきた遣唐使は、894年に菅原道真の提案により廃止。「組織でなんとなく続いてきた“しきたり”」を終わらせる判断力は、いまも見習うべきところでしょう。

鎌倉時代:上司の命令で急な鎌倉出張!「いざ鎌倉」

武士が力を持つようになった鎌倉時代。将軍(幕府)と御家人(武士)は「御恩と奉公」という強いつながりで結ばれていました。御家人たちは、手柄に応じて領地を与えられた代わりに、将軍のために命がけで戦いました。

そんな主従関係を表す言葉のひとつが「いざ鎌倉」。幕府になにかあったときは、諸国の武士が一斉に鎌倉に招集されたといいます。言わば、上司の命令で急な出張が発生するようなもの。「上司のため」と駆けつけるか、それともイヤイヤながら向かうのか。普段からの強いつながりが試されるところです。

戦国時代:戦いのなかで「出張」という言葉が生まれる

実は「出張」という言葉は、武士たちの戦いのなかで生まれたもの。「戦いのために他の地域や場所へ出向くこと」を、戦場に出て陣を張る、という意味から「出張る(でばる)」と呼んだのが始まりだといわれています。「出張る」も、音読みの「出張(しゅっちょう)」も、室町時代には使われていたようです。まさに「出張」とは、戦いに赴くこと。そう考えると、取引先に向かうのも背筋が伸びる思いがします。

江戸時代:交通費が出ないブラック出張「参勤交代」

江戸時代に入り、全国の大名たちを苦しめたのが参勤交代という名の「長期出張」でした。大名は1年おきに江戸と領地に住むよう決められ、妻子は人質として江戸に住むことに。さらに上司(将軍)から交通費(大名行列の費用)は出ず、自腹を切るしかないブラック出張。もっとも、幕府には藩の経済力を弱めさせ、対抗できないようにする狙いがあったようです。

しかし、当時の「出張」は主に国内のみ。鎖国により海外への渡航は禁じられていました。その扉が開くには、明治の文明開化を待つことになります。

明治時代:文明開化!海外出張で世界一周

江戸から明治に時代が移り変わると、西洋の文化が積極的に取り入れられ、人々の暮らしは大きく変わりました。着物は洋服に、木造建築はレンガ作りに。明治5年(1872年)には新橋-横浜間に日本初の鉄道も開通し、ビジネスの意味での「出張」も盛んになります。

また、開国に伴い、海外への渡航も増えていきました。岩倉具視や木戸孝允、大久保利通、伊藤博文らで結成された岩倉使節団は、約2年の月日をかけて世界を一周。欧米の政治や文化に触れ、後の日本の発展に大きな影響を与えました。超ロング、かつ超責任重大な「海外出張」だったと言えるでしょう。

昭和時代:高度成長期&バブルでイケイケ出張

戦後の焼け野原から復興を果たした日本は、やがて高度経済成長期に突入。テレビ・洗濯機・冷蔵庫の「三種の神器」がブームになり、1964年の東京オリンピック開催に合わせて東海道新幹線や首都高が完成。働き盛りの“モーレツ社員”たちが飛び回ります。

さらに1980年代後半には「バブル景気」が到来。日経平均株価が3万円を超え、1万円札をちらつかせてタクシーを止めるような時代に。会社の経費は使いたい放題で、新幹線のグリーン車は出張族たちで満席。かつての「命がけの出張」から、ずいぶん遠くまでやってきました。

平成時代:海外拠点増&モバイルで出張しやすい時代に

平成に入ってバブルが弾け、証券会社などが次々と破たん。不況を乗り切るため、企業はより人件費の安い海外に生産拠点を移すようになり、海外出張や海外赴任の機会が生まれます。1995年には1ドル=79円を記録し、円高も海外投資への後押しになりました。

2000年代になると、ノートPCやモバイル機器の発達によって、外でも仕事ができるように。LCC(格安航空会社)の就航など交通網の発展もあり、より出張がしやすい時代になります。一方で、コスト削減や業務効率化が進み、従来の出張の在り方を見直す動きも表れてきました。

おわりに:令和時代の出張が抱える「課題」とは?

「出張」の課題は、歴史と共に移り変わってきました。命がけで海を渡る遣隋使や遣唐使は「出張者の安全」、いざ鎌倉と幕府に馳せ参じる武士は「機動力の確保」、大名行列に自腹を切る参勤交代は「経費削減」というように。出張の歴史は、課題と戦ってきた歴史でもあります。

そして現代の企業もまた、働き方改革による業務効率化や、コロナウイルスをはじめとしたリスクマネジメントなど、多くの課題を抱えています。これらの課題をうまく克服すれば、令和からその先へ、歴史として伝わっていくかも知れませんね。

(文 井上マサキ/イラスト まつもとりえこ

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